私にとって「パブリッシングの民主化」とは

あけましておめでとうございます。2019年もCapital Pをよろしくお願いいたします。

さて、昨年末に投稿した記事あなたにとって「パブリッシングの民主化」とは? という記事を覚えておいでだろうか。本稿では、WordPressの共同創業者であるMatt Mallenwegが出した宿題に対して筆者なりの答えを出してみたい。

筆者はマルティン・ハイデッガー式の思考法が好きなので、「そもそも民主化とはなにか」という問いから始めよう。

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マルティン ハイデッガー

原名Heidegger,Martin

翻訳細谷 貞雄

発行筑摩書房

発売日1994年6月7日

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民主化とは、一般的に民主主義が浸透した状態のことをさし、民主主義はいくつかの複合的な政治制度として表現される。参政権の普及、表現の自由、高度な教育を受けた市民社会の成立、立憲主義による自由や安全の保証、三権分立や情報開示による権力暴走監視……。これらの制度が普及することによって、平和と発展がもたらされるというのが民主主義の考え方だ。

WordPressが掲げる「パブリッシングの民主化」もまた、そうした民主主義の普及と無縁ではない。実際にWordPressファウンデーションは有色人種のプログラミング教育支援をはじめとして、幾つもの慈善事業をサポートしている。そうしたサポートが必要な国は世界に多くある。そういった国では、声なきものが声を挙げること、検閲を受けない情報が流通すること、そういうことが命をかけるに値する。

では翻って、筆者にとって「パブリッシングの民主化」は何を意味するだろうか。政治的・経済的に安定した日本に日本人として生まれ育ち、ストレート男性であって性的マイノリティではなく、高等教育を受け、それなりに経済的に安定した筆者のような人間が「パブリッシングの民主化」を必要としているだろうか?

筆者がWordPressで生計を立てているということを除くと、筆者がセルフホスティングのWordPressで情報を発信する意味はほとんど信仰に近く、経済合理性はあまりない。ではなぜ筆者は「パブリッシングの民主化」という概念に抜き差しならぬ興味を寄せているのか。

繰り返すが、筆者は「パブリッシングの民主化」をそれほど必要としていない。少なくとも、いまのところは。しかし、筆者にも覚えがある。それまで必要としなかった、それゆえに自分が持たなかったものが、いざ必要となったときにたまたまそこにあって、しかもそれは自分ではない他の誰かがなんの気なしに用意してくれたものだった、ということが。

それはたとえば誰かが書き散らしたブログ記事であったり、3桁もダウンロードされていないプラグインであったり、「面白かった」というそっけない一言が添えられたAmazonレビューだったりする。こういうとき、筆者は思う——世界は美しい、と。そのようにして、一度も出会ったことのない誰かが他の誰かを救ったりする世界を、美しいと。堅苦しい制度から解き放たれた善意は、特定の企業や政府に属さないオープンソースならではのものだと筆者は思う。

それではまとめよう。

筆者にとって「パブリッシングの民主化」とは、自分のなしたことがいつかどこかで誰かを救うかもしれないという、祈りにも似た行為だ。たかが無料のソフトウェアについて、なにを大げさな、と思われるかもしれない。

だが、こうした信仰なしに、筆者はオープンソースのプラグインを公開することはできない。ささやかだけれど、役に立つこと。その矮小さと偉大さを信じることなしに、人はオープンソースのコードを書いたりしない。


さて、それでは新年一発目の記事を終えるとしよう。今回はいつもと趣向の違う記事だったのではないだろうか。みなさんも、Mattから出された「あなたにとってパブリッシングの民主化とは」という宿題について、たまにはこんな風に自分の気持ちを隠すことなくなにかを書いてみてはいかがだろうか。

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レイモンド カーヴァー

原名Carver,Raymond

翻訳春樹, 村上

発行中央公論新社

発売日1997年10月1日

ささやかだけれど役に立つこと——”A Small Good Thing” は本書所収の名作短編。

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