先日 WordCamp US において Pantheon というホスティング企業がブース出展を前日の夜に突然拒否されるという事件がありました。
Our booth disappeared but the team's still here! Look for us in yellow! #WCUS pic.twitter.com/lnF5aI36oy
— Pantheon (@getpantheon) December 2, 2016
詳しくは WP Tavern の記事に書かれているのですが、要約すると以下のような感じ。
Pantheon’s $100K WordCamp US Sponsorship Revoked the Night Before the Event
- WordCamp US では、シェラトンホテルを公式サイトで割引価格で予約できると推奨していた。
- Pantheon がそのホテル内のエレベータ等にポスターなどの広告を出した。
- WordCamp US の実行委員会がそれらの広告を撤去するよう要請。
- Pantheon が WordCamp のルールに明記されていないことを理由にこれを拒否。
- WordCamp US の実行委員会によって Pantheon のブースを拒否することが決定。
この間にマットさんがこの件について何かをツイートして削除したり、公式サイトに何かが掲載されてそれもまた削除されたりといろいろあって、たまたま現場にいた僕自身もちょっとざわざわした感じになりました。
ちなみに Pantheon のスポンサー枠は 10万ドル。日本円で1,000万円以上です。
日本の WordCamp ならこれだけで全部まかなってお釣りが来るほどの費用です。
Pantheon について
Pantheon 社はアメリカに本社を置く大手のホスティング企業です。
WordCamp のスポンサーとしてはほぼ常連で、僕が今年参加した WordCamp EU や、WordCamp NYC でもスポンサーとしてブースを出していました。
僕の印象では、技術的にとても優れた企業で、独自のコンテナ技術をつかってステージング環境や本番環境を数秒でたちあげることができるコントロールパネルはすばらしいの一言に尽きます。
副社長が日本語をはなせる方で、2年前に本社内を見学させてくれたことから、個人的にも愛着がある会社です。
オープンソースにも積極的で、GitHubでも数多くのプロジェクトを公開していますね。
https://github.com/pantheon-systems
RESTful WP-CLI などのプロジェクトでもスポンサーを行なっています。
以上のような理由によりオープンソース及びオープンソースコミュニティに対しては、ある程度の理解がある企業の一つと言えます。
ブースを拒否された理由
Pantheon がブースを拒否された理由は、準公式とも言えるホテル内において広告をだしたことが原因です。
これについては、僕自身はグレーに近い白ってイメージだったのですが、当日に同じく10万ドルのブースを出していた SiteLock のマーケティング担当の人に聞いたところ、「Good question!」という言葉とともにわかりやすく解説してくれました。
- ガイドラインで定められている以上の宣伝行為は、書いてないから大丈夫ということではなく、禁止されていると解釈しないといけない。
- 「途中のバス停が広告だらけになったらおかしいでしょ。」
さらにソーシャルでもオープンソースに詳しい複数の方から、
「これを認めたらイベント本体のスポンサーをしないで、たとえば懇親会場を自社の広告だらけにしたりできる。これは、オープンソースコミュニティのイベントとして、そのコミュニティを応援していただくという趣旨に反するのでは?」
という趣旨の意見がありました。
なるほどですね。
WordCamp のようなオープンソースコミュニティのイベントのスポンサーは、広告というよりも、そのプロジェクトに対するサポートという意味合いが重要です。
オープンソースコミュニティはそこで得た資金を、さらにそのプロジェクトが拡大していくために使用していきます。ペイバックではなくペイフォワードなイメージです。
今回の Pantheon の行為は、そういった趣旨に反するということでしょう。
企業の立場から見た場合の WordCamp へのスポンサーについて
オープンソースコミュニティ側から見た場合は確かにその通りです。
でもいくらコミュニティがそういう理念をかかげても企業がそこを理解してくれなければスポンサーは集まりません。
今回の WordCamp US ではもうひとつ スポンサー関連で興味深いことがありました。
それは、同じく WordCamp の常連スポンサー企業のひとつで、大手のセキュリティ企業の Sucuri が今回の WordCamp US ではスポンサーブースを出していなかったことです。
これに関しては、Sucuri のバレンティンさんという方に理由を尋ねてみました。
「今回は僕たちは自分たちの足でまわって、自分たちの考えを広めるんだ。」
さらに、上述した Pantheon の事件をうけて、Sucuri の CEO のトニーさんが WP Tavern に興味深い記事を寄稿しています。
The Value of Sponsoring a WordCamp from a Business’ Perspective
This means that my lifetime value (LTV), if they purchased a basic plan at $199.99 would have to be 45 years. If they purchased our $499.99 plan, we’d be looking at a 18 year LTV.
トニーさんの分析によると 2015 年に Sucuri がスポンサーをしたすべての WordCamp においての広告費用をそれで増えた利益で取り戻すには 、199.99ドルのプランで45年、499.99ドルのプランで18年が必要だそうです。
さらに以下のようにも述べられています。
Well, if I was a rational person this would mean that as a premium service provider, investing in WordCamps doesn’t make sense. Trust me, I love the community. We are involved in many ways, but this is really too difficult to digest and justify.
「 私が有料サービスの提供者として合理的な人間なら WordCamp へのスポンサーは理にかなっていません。でも信じてください。私はこのコミュニティを愛しています。私たちはいろいろな方法で関わっていきます。しかし自分を納得させ正当化することが困難です。」
ブースを出すのに数百万円以上もかかるとなるといくらコミュニティの趣旨やルールを理解していてもいろいろと葛藤をかかえることになるのは当然のことですね。
一方で、WordCamp のスポンサーの多くはホスティング企業であり、彼らのビジネスにこのオープンソースコミュニティが貢献しているのも事実です。
要はバランスとコミュニケーション、そしてお互いに対するリスペクトが重要じゃないかと思います。
オープンソースとお金
WordPress を使って多くの企業や個人がビジネスをしています。
そしてその WordPress も他の多くのオープンソースプロジェクトに依存しています。
WordPress のような高レイヤー層でユーザーの目に留まりやすいプロダクトはまだ企業等からの支援を受けやすいと思いますが、非常に重要なプロジェクトであるにもかかわらず企業の支援がいきわたりにくい層のプロダクトもたくさんあります。
たとえば Open SSL で以前にセキュリティホールが見つかった時に、その開発体制が話題になりました。
ハートブリード、原因は開発者のミス―「OpenSSL」は少数のボランティアに依存
僕が毎日のようにお世話になっている WP-CLI や PHPUnit もとてもマネタイズしにくいプロジェクトのひとつであるように思われます。
さらに今回 WordPress 本体にマージされた WP-API では4年以上の時間を費やしており、このままお蔵入りするリスクも十分にありました。
現実的にとても多くの機能が削られてコアにマージされています。
WordPress 自身が多くの巨人の肩にのり、その中にはまったく陽の目をみなかった膨大な数のチャレンジがあったことを考えると、今回の WordCamp US での事件は、ある意味では贅沢なことかもしれません。
WordCamp の収益の行方
最後に、WordCamp で余った費用がどうなるのかについて興味がある方もいるかもしれませんので簡単に説明しておきます。
WordCamp で最終的に利益が出た場合、これは一度の WordCamp Foundation に戻されて、他の国での WordCamp 開催のための費用として役立てられます。
こうやって今後ますます WordPress コミュニティが発展していくために役立てられています。
ただしこれは WordCamp という名前を冠するイベントに限られます。2016 年の実績では WordCamp Kansai と WordCamp Tokyo がそれに該当します。
日本の WordCamp の場合、スポンサー費用はそれほど高価ではありませんし、多くのスポンサー企業は日々のビジネスで得た利益の一部を還元してくださってるんじゃないかなと思いますがどうでしょう?