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OSSが検定ビジネス勢によって #商標ハック を受けた場合の対処法

本稿は2018年7月2日に公開された記事「『日本ワードプレス協会』に感じるモヤモヤと検定ビジネスについて」をリライトしたものである。Pythonの商標ハックを受けて、より汎用的な内容になるよう追記を行なった。

OSSは社会的な資産である。伽藍とバザールの例を引くまでもなく、OSSによって人は自由に活動を行うことができる。インターネットにおける基本的人権といってもよいOSSであるが、善意で支えられているがゆえに、クラックされてしまう。悪貨は良貨を駆逐するというわけだ。筆者がコントリビュートを行うWordPressもこうした脅威にさらされたがなんとか乗り切ってきた。本稿ではそのノウハウを共有する。

商標を取ってしまう

OSSには必ず本国があり、当国ではその国の法律にのっとって商標保護が行われることが普通だ。商標というのはそれほど高価なものではなく、たとえば100人のユーザーがいれば1人500円出すことで取ることができてしまう。今回のPythonの例でいえば、AIなどで多くの出資を集めている企業が存在するわけで、そうした企業にとって商標取得にかかる費用というのは消費税よりも安い。

もちろん、ここで重要なことは、特定の企業がその商標を独占するべきではないということだ。一番よいのは、本国のコミュニティが商標を取ることだ。ある程度規模が大きければ、なんらかの財団が存在するだろう。財団が商標を取り、その費用は企業やユーザーが負担する。これをやるだけで今後10年は安泰だ。

異議申し立てをする

たしか商標は申請から2ヶ月の間であれば、異議申し立てをすることができたはずだ。この際のロジックは法律家ではない筆者の手に余るが、適切な団体が訴えれば取り下げられるだろう。そもそも著作権というのは国際法で保証された権利であり、一国の商標制度がそれを上回れるわけではない。

ネガキャンを行う

もし法的な問題がクリアできなかったとしても、盛大なネガキャンを行うことができる。それによって、特定の商標を取得した企業が利益にならないぐらいのネガキャンを張ることができれば、商標を保持していることが無意味になるほどのダメージを与えることができるはずだ。もちろん、そうしたネガキャンを乗り越えて生き残る検定があるとすれば、それは大したものなのだろう。だが、大抵の検定はそこまでの覚悟もなく作られている。

WordPressの場合

さて、本稿でもともと取り上げたのは日本ワードプレス協会という胡乱な団体についてだった。結局のところ、商標は取り下げられ、団体も消滅したのだが、単にブログを書いただけではなく、以下のことをやっている。

  1. WordPressファウンデーションにちくる
  2. 団体の主催者にメールを送り、説教をする

どのOSSコミュニティも限られた人員で回している。日本で起きた商標ゴロの事件については、どうでもいいと思っているのではなく、単に知らないだけだ。教えるだけで、力になってくれるだろう。

追記の最後に……こうした意見に対して必ず「そうはいっても、一生懸命ビジネスをしているのだからそれを潰すのはかわいそうだよぉ……」という反論が起きる。しかし筆者は断固として拒絶する。公共を、自由を独り占めすることは誰もできないし、許してはならない。苦しんだんだな、それはかわいそうだ。でもその苦しみは自由を蔑ろにして良い理由にはならない。

ジャレド・ダイアモンドはこう書いている。私にはポルノの定義はできないが、見ればわかる。OSSに親しんでいたらわかるだろう。これは許してはいけない、と。これは臭うぜ、と。何が善か、何が悪か、そんなことは決められない。でも、自由でないものは見ればわかる。


以下、元記事

先日よりSNSなどで日本ワードプレス協会なる団体が発表した「WordPress関連の認定資格」が話題になっている。その反応に好意的なものは少ないのだが、なぜそうなってしまうのかについて、情報を整理しつつ書いてみたい。

「日本ワードプレス協会」のWebサイト

そもそもWordPressの認定資格を始めることは可能か?

答えはイエスである。たとえば、明日、Capital Pが”Capital P認定WPエキスパート”という試験を始めることも可能だ。この際問題となるのは以下の2点だ。

さて、まず認定者について。今回とりあげる「日本ワードプレス協会」という名前についてだが、そう名乗っていいのかという良識はさておき、特定の人の集まりをもって任意団体を自称することは可能である。これは会則が定められていれば問題ないわけで、日本ワードプレス協会もこれを定めている。憲法にも「結社の自由」が明記されていることだし、これは全然問題ない。筆者も任意団体を作ってゆうちょ銀行に口座を作ったことがある。

続いて商標について。これは日本国内においては、認可されさえすれば、問題なくなるだろう。目下のところ、「ワードプレスコンサルタント」が商標登録中で、審査にかけられているようだ。たしか二ヶ月ぐらいは第三者が異議を唱えることができたはずだが、普通は認可されるまで気づかないので、審査が通れば有効な商標となる。これは商標制度の脆弱性であり、商標ハックのような手段を生んでしまっているが、制度は制度である。

現在のステータス。J-Platpatで見られる。一番上はWordPressファウンデーションのもの。

したがって、「ワードプレスコンサルタント」認定試験に関しては法的に問題がないと考えることもできる。「日本ワードプレス協会」という名称についてはファウンデーションの許可を得ていなければ商標侵犯の可能性もあるので、法廷闘争などに発展することがあればその結果を待ちたい。たぶんアウトだと思われる。

さて、結論から言うと、団体名がアウトっぽいが、資格試験に関してはセーフというのが筆者の見方だ。

法の外側には倫理や道徳が存在する

さて、法的にはそんなにアウトではないのだが、「日本ワードプレス協会」があまり快く受け入れられないだろうと筆者が予測するに十分な根拠がある。

まず、日本にはすでにWordPressユーザーの膨大なコミュニティが存在し、WordBenchなどの名称で活動を行っていること。そうした緩やかな任意団体が大量に存在する中、あたかも日本代表のような顔をして「日本ワードプレス協会」を名乗ることは得策ではない。もちろん、名乗るのは自由なのだが、まったくいい顔はされないだろう。その「公式っぽさ」に惹かれた何人かのユーザーを獲得することはできるかもしれないが、それと同じぐらいの不評を得ることになる。マーケティング的によくない。

続いて、認定試験を行うに足るだけの資格があるかどうかも重要だ。もちろん、認定試験をやるのは自由である。たとえば、筆者が「高橋文樹ファン認定試験」を開催して、その受検料を——誰も払わないだろうが——取るのも自由だ。ただ、筆者のことを全然知らない人が「高橋文樹ファン認定試験」を開催していたら、「ちょっと待って」となる。WordPressコントリビューターを多く社員として抱えている、WordCampで何度もスポンサーになっている……そうした企業なり団体なりが認定試験をするのならともかく、Google検索を駆使しないと代表者の身元もわからないような団体では、認定試験を行うに足るだけの資格があるとはいえないだろう。これもマーケティング的によくない。

もちろん、筆者は資格試験自体は否定しないし、WordPressユーザーの多くが有用な資格の存在を求めているだろうことも理解している。仕事を発注する側も、受注する側も、わかりやすいバッジがあれば助かるだろう。実際、Automatticはcodepoetというサイトにコンサルタントを載せている。しかしながら、そうした社会的意義よりも検定ビジネス臭を感じてしまうのが「日本ワードプレス協会」である。

検定ビジネスのフォーマットに則って拙速に足を運んだようにしか見えないのだ。

[429] [429] Client error: `POST https://webservices.amazon.co.jp/paapi5/getitems` resulted in a `429 Too Many Requests` response: {"__type":"com.amazon.paapi5#TooManyRequestsException","Errors":[{"Code":"TooManyRequests","Message":"The request was de (truncated...)

上記のような意味で、おそらく検定試験は受け入れられないと思うのだが、いかがだろうか。RubyアソシエーションによるRuby技術者認定試験や、PHPのコアZend Engineの開発元によるZend PHP Certificationなど、それなりの団体がそれなりの理由で提供するのが認定資格だ。

なんにせよ、法的にアウトかどうかという問題とは別に、その外側にある「倫理・道徳」が存在することを忘れてはならない。「法」とは倫理や道徳といった社会規範を制度化・明文化したものであるため、法の外側にある倫理や道徳を無視すると、よく思われないし、その結果、マーケティング的にも失敗する。

「日本ワードプレス協会」へのアドバイス

万が一ではあるが、上っ面なビジネス以外の面でWordPressをよくしたいと思っているのであれば、次のような点を心がけるとよいのではないだろうか。

熱心にコミュニティ活動をする人がまわりに一人でもいれば、このような事態にはならなかったのではないかと思うのだが、いかがだろうか。商標取得やサイトの用意などで何万円かのお金を使ったことだろう。その投資(と呼べるほどの金額ではないが)を無駄にしないためにも、事前準備はしっかり行っておこう。

また、一度「コミュニティ・マーケティング」という言葉でググってみて情報収拾をしてみることをお勧めする。

コミュニティの脆弱性

さて、このような事態はWordPressに限らず、オープンソースコミュニティではよくある。善意を元にした団体は悪意によってハックされやすいのだ。WordPressがその商標を取得しているのは、いままでコミュニティを荒らしてきた「ハック」への防衛策だといえる。WordPressファウンデーションがその名称で商売を独占したいのではなく、「WordPress」という単語を使って悪いことをする輩がたくさんいたので、しょうがなく商標を取ったのだ。

たとえば、現時点でもWordSlackなどで議題に上がってその後スルーされている“WordBenchの商標とらなくていいのか”問題がある(Githubでの議論)。WordBench終了についてはその後、名前を使用しないで欲しいという主催者三好氏の主張があるのだが、いい悪いは別にして、商標で保護されていないのであれば、その利用を法的に罰することは難しいのではないだろうか。

サイトを終了したのち、おそらく wordbench.org というサイトは消滅、そしてドメインは失効するのだろう。そのときに何処かの悪人が wordbench.jp という現時点で空いているドメインを取得しておけば、Googleの検索結果を丸ごと乗っ取るぐらいのことはできるかもしれない。詳しくないユーザーは間違えてそのイベントに参加してしまうだろう。

もちろん商標を取得することは可能だし、その費用はスポンサーをつけるなどして捻出することはできるだろうが……どうも善意のコミュニティは悪意からの攻撃に弱い。「悪貨は良貨を駆逐する」の金言は伊達ではないということだろうか。

2018年7月3日追記

サッカーW杯ベルギー戦の衝撃も冷めやらぬ朝、日本ワードプレス協会の方からご連絡いただいたので、要旨を以下に記す。

これに対する筆者の反応は以下の通り。

追記は以上。

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