WordPress共同創業者のマット・マレンウェグは10月3日づけで “Automattic Alignment” と題したブログ記事を公開、それによると159名がAutomatticを退職したようだ。これは現在WP Engineとの争いが発端で、マットの方針に同意しなかった職員が辞職したようである。この人数はAutomatticの全従業員の8.4%にあたる。
そして、日本人WordPressユーザーとしてややショッキングなのは、長年にわたって日本のWordPressコミュニティの発展に寄与してきた高野直子氏もその1名に含まれていたということである!
辞める理由ですが、簡潔に言うとすれば「最近の WP Engineとの対立の中でマット (Automattic CEO・WordPressプロジェクトリード) が下した戦略的決定に賛同できないため」です。
Naoko Takano 「Automattic との契約を終了します。」
とりわけ、日本とグローバルコミュニティの橋渡し役として高野氏が果たした役割は大きい。大きな感謝と労いの言葉を贈るとともに、次のチャレンジに期待したい。
ところで、筆者のように邪推が得意な人間には思い当たるものがある。
他に辞職したことがわかっているのはWordPressプロジェクトのエグゼクティブ・ディレクターJosepha Hadenである。彼女はWordPressプロジェクトの重役で、コミュニケーションレベルにおける最高責任者に近かった。はからずもXでリークされてしまったようである。
また、昨年開催された5 for the Futureの説明会に来ていたAngelaもこの騒動の前にAutomatticを去ることになっていたようだ。
他にも、公開情報ではないので名前は出さないが、Automatticを去った人の名前を聞き、広義のPR(=Public Relation)に関わる人の名前がそのリストに多く含まれているという印象を筆者は抱いている。
マットのここ一週間ほどの活動はエスカレートしており……
- WordPressの公式ディレクトリにWP Engineのホストからアクセスできないように。
- WP Engineの従業員がWordPressの公式ディレクトリにアクセスできなくなる。この結果、Advanced Cutom Fieldsは更新できなくなっている。
- WordPress.orgがマットによって続々更新される。WP Engineからの訴訟対策なのか、ホスティングページからWordPress.comが消され、コミットログにも”Update the hosting page, per matt”と書いてある。
とくに2番目の「プラグインを更新できなくする」というのはまずく、コミュニティのためとは言い難い行為だ。たとえば今日ACFにゼロデイ脆弱性が発見された場合、WP Engineのユーザー以外もセキュリティリスクに晒すことになる。「乱心」という言葉がその字義通りなのではないか、と勘ぐりたくなるほどである。
さて、もし筆者がこうした精神状態の経営者と一緒に働いていたとしよう。筆者の役職は「弊社が貢献しているのと同じぐらい他社にOSSへの貢献をさせること」だったとしよう。筆者は常識人なので、粘り強く金儲けしている会社と交渉し、少しずつ譲歩を引き出そうとする。一年ほど経ち、ボスは「まだできないのか?」とせっついてくる。「あいつらは泥棒だ。泥棒に賠償させろ」と言う。筆者は「そんな……」と思う。まだ成果は出せていない。そんなある日、ボスがイベントで「あいつらは泥棒だ」と言う。たしかに、道義的には「自分たちの成果の上に乗っかって自分たちよりはちゃめちゃに儲けている奴ら」というのは気に食わないが、パブリックな場でそれを言っちゃあ、おしまいである。筆者はこれまで自分がコツコツ積み重ねてきた成果を否定されたような気持ちになる。その夜、イベントのアフターパーティーを抜け、ホテルのデスクで辞表を書き始める。
こうしたことが実際に起こったかどうかは完全に想像なのだが、本来の意味でのパブリック・リレーションにおいて、WordPressコミュニティは完全にアンコントローラブルな状況に陥っていると言えるだろう。
とはいえ、筆者は「マットがファビョってしまってコミュニティを破壊した」と単純に結論づけてはいない。英語圏のXではマットに対する誹謗中傷と呼んでいい投稿が多く、なおかつ「Matt嫌い」「OSS嫌い」がそもそもたくさんいるのだ。OSSはコードを書いた人がいるから成り立っているのであって、その利用者のビジネスを守る義理はなく、守りたかったら自分でフォークなりコントリビュートなりすればよいのである。これはマットのそもそもの提言に立ち返ると、それほど間違った主張ではない。
そして、「マットの主張や感情、道義的な部分は理解できるけど、やり方は間違っていたよね」というのが常識的な見方になるだろうが、スティーブ・ジョブズもリーナス・トーバルズも常識的な人間ではない。多くの富を稼ぎ、その富のかなりの部分(少なくとも5%以上)を寄付するのは、常識的な人間のすることではない。個人的には、マットにこの逆境(自らまいた種でもあるが)を克服し、「おう オレはマット あきらめの悪い男……」と復活してほしい。
価格¥605
著井上 雄彦
発行集英社
発売日2018年9月1日
今後、当然ながら「マットがプロジェクトリードを降り、他の人を選出」という流れも濃厚なのだが、果たしてそれがいい結果に繋がるのかどうかは、まもなく開催される米国大統領選挙をみて占いたいものだ。
最後に、この騒動に関して有益なブログ記事を2つ紹介する。
- Drupal 創業者によるブログ。コミュニティのおけるコントリビューション表彰の仕組みについて “Solving the Maker-Taker problem” 当然、Drupalも「金儲けだけする奴ら」には頭を悩ませている。
- 法律専門家による今回の訴訟の行末解説。かなりまとまっている。 “The Automattic-WP Engine debacle and clarity of concepts”