先日、WordCamp Asia 2025 マニラのレポートをお届けしたが、今回は予告通りAlain Schlesserによるセッション “After the Browser: AI Assistants as the New Gateway to Digital Services” の感想から、今後WordPress開発を生業とする人間が考えいくべきことを考察したい。
まず、Alainが誰かについて説明しよう。AlainはWordPressのコマンドラインツールWP CLIのリードである一方、Yoastのプリンシパル・アーキテクト(技術関連の相談役的ポジション)である。つまり、技術者としてSEOに深く関連する企業に勤めているのだ。Capital Pのメンバー宮内とも懇意である。
Alainのセッション概要
このセッションの内容は概ね次の通り。
- デスクトップブラウザ→モバイルデバイス→音声アシスタント→チャットという大きな変化が訪れている。
- LLM(Large Language Model = 大規模言語モデル)はGPT 3.5の登場で大きく受け入れられたが、その最大のパラダイムチェンジは対話による結果の改善をもたらしたこと
- これまでのGoogle検索では、「最適な検索結果」を得るためにユーザーが試行錯誤する必要があった。
- コンテンツの検索適合性(ファインダビリティ)を担保するものがコンテンツ作者からLLMに移行しつつある。
- なんらかの情報を整理したり、二次情報を提供することの価値が相対的に低下する
- 一方で、一次情報やインフルエンサーの価値は残る。前者はいわずもがな、後者は価値がコピーできないから。ヒカキンのようにクレーンゲームをやったところで、ヒカキンほどの再生数を獲得できるわけではない。
- Webマーケットの大きな市場である広告ビジネスは変化を余儀なくされる
- コンテンツ作成者のモチベーションは減るので、当然ながらコンテンツの量が減る
- 市場はそれを防ぐために、なんらかのマネタイゼーションを余儀なくされる。たとえば、コンテンツ作者に利益を環流する仕組み。
- Webサイトは表現における価値は低下し、その内容がより重要になる。
- llms.txt などを実装し、LLMが内容を理解しやすくする。
- LLMはトークン(文字数の単位)がコストになるので、トークン効率的な意味の伝え方が重要になる。
- WordPressにおける現在のブロックエディターはエディターにおける表現力の強化である。これはLLMに対してあまり効果的ではない。
どうだろう。なかなか興味深い内容だ。Web業界では花形だったSEO、UI/UXなどの専門家にとっては耳の痛いセッションである。AlainはWordPressにおけるSEO産業の雄Yoastに所属しているので、危機感もひとしおだろう。
以降、筆者の所感を述べたい。
私の顧客は大丈夫だろうか?
WordPressサイトを保守・運用する仕事をしている場合、顧客のサイトが存続するのかは気になるところだ。セッションの内容を含めて私なりに大丈夫か大丈夫じゃないかを列挙したい。
大丈夫なサイト
- 一次情報・専門的情報を掲載しているサイト。専門性といっても色々あるが、コンテンツの独自性が重要である。これはLLMにとっても重要な情報源なので、一時的に収益性は下がっても将来的に価値が高まるはずだ。
- 情報を収益源としないサイト。たとえば製造業。世の中にあまり知られていないが特定の用途には絶対使わなければならない部品を作っているような企業のサイトなどはLLMによって、むしろ得をするかもしれない。
総じていうと、本質的な価値を持っているサイトは将来的に評価されやすくなるかもしれない。
大丈夫じゃないサイト
- SEO対策をほどこし、高い更新頻度を保つが、ニュースの元ネタは新聞や雑誌というサイト。海外ネタを翻訳することでアクセスを稼いでいるサイトなども厳しいだろう。言語の壁を容易に超えるのはLLMの強みだ。
- 情報の再整理をしたサイト。パブリックデータを利用して大量のページを作ってアクセスを稼ぐようなロングテール型のモデルは厳しいだろう。LLMが元ネタに直接アクセスすれば済む話だ。
「大丈夫なサイト」の逆で、本質的な「意味」以外で価値を出していたサイトは、その価値がほぼ無になると考えられる。
この先五年のマーケティングを考えたとき、果たしてこのサイトが残っているかはかなり考えておいた方が良さげだ。
収益モデルがどうなるか
Webサイトにおける収益モデルは通販と広告の二種類しかない、というのはよく言われた。そして、LLMの隆盛によって後者の広告モデルが変わる可能性がある。
いまのところ、LLMの元ネタ(学習モデルまたはソース)に採用されたからといって収益が入る仕組みはない。たとえば、先日筆者のもとに大串肇氏からFacebookメッセージが送られてきたのだが……


上記の場合、大串氏は問題を解決できたが、もし彼が筆者のサイトを訪れていたら、Google Adsenseによってなにがしかの収益を得られたはずである。しかし、Chat GPTが問題を解決してしまったので筆者にはビタ一文はいらない。
もっとも、こうした事例はGoogleの検索結果ページにおける強調スニペット、リッチ・リザルト、ナレッジパネルなどで先行実装されていたともいえる。最近はAIオーバービューという、Googleの検索結果ページに「AIによる概要」が表示されていることからも、いろんな場所で実装済みともいえる。
なお、余談であるが、GoogleのGeminiをChat GPTと比較すると、前者はやや頭が悪い印象だ。たとえば、先日筆者が妻と「最近の韓国文学は女性作家がよく紹介されているけど、そもそも有名な男性作家って誰だっけ?」などと話しているときにGoogleで「韓国 男性作家」で検索した結果がこちら。

閑話休題。LLMによる情報提供が元ネタ作者に利益を還流しないままだと、そもそもコンテンツを生み出すモチベーションが低下し、世界の情報の総量が減る可能性がある。そうなると、当然利益の分配を模索するはずだ。
たとえば、LLMは有料か広告モデルとなり、無料で使う場合はいったん広告を挟んでから利用することになる、その広告報酬が元ネタの作者に分配される……などといったマーケットの誕生が考えられる。もしくは、コンテンツを作るよりAlainのいうとおりインフルエンサーの価値が現在よりももっと高まり、たとえば、コンテンツ作者は特定のインフルエンサーのためだけに情報を提供して対価を得るようになるかもしれない。
どのような形になるにせよ、Web広告モデルは劇的な変化を免れないだろう。
ビジュアルとブロックエディター
コンテンツの解釈はLLMが行うので、ビジュアル(表現)は相対的な価値が低下する。要するに、おしゃれなサイトでなくてもよく、セマンティックでLLMフレンドリーであることが重要になるのだ。もっとも、これはSEOにおけるロボットフレンドリーと似たようなもので、真新しいことではない。
ただ、LlamaIndexなどのLLM系ツールを利用した人ならわかるだろうが、LLMは自然言語にめっぽう強い。したがって、カラムにわけたり、アイコンを配置したりといったプレゼンテーションはむしろノイズである。
また、トークン・エフェクティブという概念が紹介されていたが、LLMのコストはトークン、つまり文字の長さによって決まるので、短い文字で本質を伝える表現が効率的になる。古い世代のデザイナーはデザインの仕事にコピーライティングを兼ねることも多いだろうが、そちらの方がむしろ対価を多く得られるようになるかもしれない。Figmaをうっちゃって糸井重里の仕事を見直すのも悪くないだろう。筆者はLLMのベクターインデックスと自然言語の中間のような謎言語が新たに誕生するのでは、と予測している。
WordPressの話をすると、2017年からとりくんできたブロックエディターはWixやSquare Spaceとの戦いで生まれたものだ。しかし、そのコンテンツ(=データベースに保存されるテキスト)はクラシックエディターと比較するとコメントタグ <!-- wp/block -->
やらカラム用の <div>
やら、ずいぶんごちゃごちゃしている。将来的にはない方がよさそうなノイズが増えていっているのだ。おそらく、これらを除去するプラグインなども人気を博すことだろう。
以上、WordCamp Asia 2025でもっとも印象深かったセッションの紹介を終える。ブラウザに慣れ親しんだ筆者のような世代にはなかなか受け入れづらいことだが、駅の改札で聞いた切符切りのハサミのカチカチと鳴る音が記憶から薄れていったように、いつか「昔ブラウザっていうものがあったんだが、どんなものだったかのう……」とインターネット老人会(ガチ)で語る日がくるかもしれない。
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