冒頭からWordPressが出てくる「ハンチバック」が芥川賞受賞

毎年1月と7月は芥川賞・直木賞の受賞決定時期だが、2023年7月19日に行われた選考会で市川沙央「ハンチバック」が芥川賞に決定した。

同作の主人公は筋力が低下していく難病を抱えており、「普通の女のように人工中絶を目指している」という変わった設定である。当事者文学としても、発表時から話題になった。ちなみに「ハンチバック」は「せむし」という意味。

〈普通の人間の女のように子どもを宿して中絶するのが私の夢です〉

市川沙央「ハンチバック」

さて、WordPressメディアでなぜいきなり文学の話題を振っているかというと、冒頭にWordPressが出てくるからである。冒頭、主人公の生業であるライター仕事でハプニングバー潜入記事を書いてあるシーンだ。

保存したWordPressのテキスト打ち込み画面を閉じ、私は両手で持っていたiPad miniを腹のタオルケットの上に置く。集中して最後まで書き切ってしまう間に気道に痰が溜まって人工呼吸器トリロジーのアラームがピッポパピペボと小煩く鳴っていた。ホースを通って寄せて返す空気でかれこれ20分くらい攪拌され泡だった痰に、吸引カテーテルを突っ込んでじゅうじゅうと吸い出し、呼吸器のホースのコネクタを気管カニューレに嵌めると、私は枕元からiPhoneを取ってビジネス用のチャットアプリを開く。

——ハプバ記事「×××××」前編を納品しました。フィードバックお願いします。

奥から湧いてきた痰をふたたび吸引して取り切ると脳に酸素が行き渡って気持ちが、いい。

——ありがとうございます。引き続き(後編)と、それからナンパスポット20選福岡編と長崎編を週末までにお願いできますでしょうか。

——OKです。3記事とも土曜までに納品します。

iPad miniを持ってもう一度WordPressにログインし、編集部がテンプレートにタイトルだけ入れて作成してある記事の中から福岡編と書かれたエントリをタップ。ここから編集権限がBuddhaに移る。buddhaは私のアカウント名だ。

前掲書

と、このようにおそらくはクラウドアウトソーシングか何かで募集されたのであろうでっちあげの風俗ルポ記事をWordPressで書き上げ、それを依頼主に納品する様がいきいきと描かれている。編集権限奪取のくだりも芸が細かい。

ここでWordPressがなにかということは特に説明されておらず、その事実がWordPressがいかに普及したかを物語っているだろう。芥川賞といえば純文学作品の中でもその年を代表する作品になることも多く、そうした作品に説明抜きでWordPressが出てくるというのも、WordPress誕生20周年にふさわしいニュースではないだろうか。

なお、筆者の新潮新人賞受賞作「アウレリャーノがやってくる」(2007年)にも「WordPress」という単語はたしか出てきていたはずなので、未読の方はぜひご覧いただきたい。

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